チャプレン通信 9月号
チャプレン通信 9月号
おなかがとってもすいているときには、丸いゴロゴロした石がパンに見えるときもあるかもしれません。
それは、キリストとして活動し始める最初の時でした。荒野は砂漠のようなところですが、砂ではなくて石ころがごろごろしている場所でした。そんなイエス様のところに、悪魔が来て、こんな具合に誘惑しました。「あなたが、神の子なら、何でもできるはずでしょ。だったら、ちょうどそこに石があるから、それにパンになるようにと言ってごらんなさい。きっとおいしいパンになるでしょうね。見せてみてくださいよ」
どうしてそれに勝つことができたのでしょうか? 無視?それとも「黙れ!」と追い返した?そうではありません。お返事をして「これは参った」と言わせる作戦でした。どんなお返事?それは、聖書の言葉でした。それが今日のことばです。
(ア) 聖書の言葉には、真実と力がある。聖書を読みましょう。困ったときの助けになる言葉がたくさん書かれてあります。
(イ) 人が生きるのは、食べ物だけじゃなくて、神様の言葉が大切。正しい言葉、厳しい言葉、慰めの言葉、愛の言葉。それがなければ、本当に人間らしく価値ある命を生きているとは言えません。子供にもそんな声掛けをしていますか?
(ウ) 体だけ大きくて元気でもダメ。こころも豊かに大きなるといいですね。
マザー・テレサが日本に来た時に残した言葉を思い出しましょう。「貧しい者は、パンに飢える人や路上生活者だけではありません。豊かさの中にあっても、愛に飢える人、社会から見捨てられる人はもっと貧しい。食べ物がないことから起こる飢えは、ある意味ではずっと取り除くのがやさしいものです。それよりももっと困難なのは、精神的な飢え、愛の渇き、心の飢えの方です。
そして、豊かさのなかでも、心が飢え乾いているなら、神様の愛の言葉をいただきましょう。子供 たちと一緒に、幼稚園と教会で、心も大きく成長しますように。